全長562メートル、幅5メートル、全空調付きのこの空中歩道を歩けば、市民は簡単且つ快適に2つの地区間を移動できます。空中歩道は忙しい通りである Jalan Pinang, Jalan Perak 、Jalan Raja Chlan の上空に建設されており、両方の出入り口及び主だった地点には階段とエスカレーターが設置されています。
【英雄ハントゥアは実在か、物語上の人物か】 マレーシア人に Hang Tuaのことを尋ねれば、恐らく誰もが実存の英雄だと考えていることでしょう。Hang Tua はマラッカスルタン王国の歴史、とりわけマレーシア通史の分離不可分な一面です。
一方、 Hang Tuahの民族性と出自に関しては常に疑問が呈されてきたようです、彼はスルタン王に対して忠誠であり勇気を持った真の英雄だとの、一般的捉え方もあるようです。 歴史学の名誉教授Khoo Kay Khimが先週厄介な問題を引き起こしました、それは、Hang Li Po皇女, Hang Tuah 、 Hang Jebat についての歴史の書記記録はない、彼らのことを書いた歴史本は単なる神話だと表明したからです。
突然このことは、主要メディアとウエブの社会ネットワーク上の両方で熱い話題になりました。多くのマレーシア人が論議を始めました。 Hang Tuah,とその4人の仲間 Hang Jebat, Hang Lekiu, Hang Kasturi 、 Hang Lekir は15世紀のマラッカスルタン王国に仕えたと言われています。また、Hang Li Po皇女は中国から来た女性でスルタンの第5妻であったと。 Hang Tuahはまた、(いわばマレーシアの記紀ともいえる神話歴史書である)Sejarah Melayu と Hikayat Hang Tuah 書で言及されています。
以前の学校の教科書には、Hang Tuahとその仲間は卓越した扱いを与えられていた、しかし現在の中学校1年の教科書では、彼は提督( Laksamana)で勇敢な戦士としてだけ記述されています。Hang Li Po皇女の名及び他の4人仲間戦士の名は載っていません。
Hang Tuahの信憑性をマレーシア人が疑うのは痛ましいことだと、嘆くツイッター利用者のあるマレー人は書く。 マラッカイスラムカレッジ大学の副学長は、名誉教授Khoo Kay Khimの論に反発しています、Hang TuahはSejarah Melayuのなかでたくさん言及されているのだ、と。
Hang Tuahは有名なマレー映画の中でも主演となっています、例えば 1957年 P. Ramleeの主演映画、 2004 年の映画 Puteri Gunung LedangではM. Nasirが演じました。 Khoo教授が実際に語っているのは、「Hang Tuahへの見方は大衆の受け取り方に影響を受けており、事実に基いたことではない」 ということです。
別の歴史家 Ranjit 博士は言う、「 Sejarah Melayuには神話もあるが、有益な歴史資料であると見なされている」 しかし「Hang Li Po皇女の存在は疑う。」 Sejarah Melayu には20種以上もの異本があるとのことです。
(イントラアジア注:多くの国で歴史教科書の内容は、為政者・支配者の意向を多かれ少なかれ反映したものになりがちなことは、日本の例でもわかります。教科書内容の決定過程がオープンにされていないマレーシアですから、この種の人物や出来事に対する扱いに学問的疑問が突きつけられても不思議ではありません。要はそういう論議を許すかであり、禁止する方向に行くと良くない。 義経伝説と同じで、映画やドラマでもてはやされれば、事実とは無関係に民衆の想像に浮かぶことになる。 マレー英雄も同じことでしょう。 Hang Tua はもちろんHang Jebat, Hang Lekiu, Hang Kasturi 、 Hang Lekirらの名前も各地で道路名に付けられています。 事実云々でなく、マレー民話神話として彼らを扱いたいという為政者の意図がよくわかります。 ) 【ナジブ首相のマレーシア自賛】 ナジブ首相はマレーシアを自賛する、「マレーシアは生活水準と生活に必要な快適さの面で国として最良のパッケージを提供しています。ある面では他国の方が良いということはあるでしょうが、全体としてなら、マレーシアの方が利点がある。一括としてみると、マレーシアは金額に見合う価値がある。」