プロフィール

Intraasia

主催者Intraasia
Selamat Datang ke Malaysia !
「新聞の記事から」は日本人が興味を抱きそうなことだけを対象にしていません。幅広くマレーシアを姿を伝えるためにニュースを選びその解説を加えています。

(画像はM.I. さんの製作です)

月別アーカイブ

リンク

FC2カウンター

ブログ内検索

最近の記事

RSSフィード

最近のコメント

2月11日のマレーシア記事

【インド人中小企業家は ハラル産業に進出すべきである】
クアラルンプールのホテルで halal 産業訓練シリーズが、内閣府の下にある事務局とマレーシアインド人商工会議所の共催で行われました。

同商工会議所の会頭は演説しました、「国内には5千店のインド人レストランと9千店のインド人ムスリムレストランがあります。 しかし、国内には5500店の halal 認証会社ががあるのですが、その内でマレーシアインド人が所有する会社は 1%以下の50社に過ぎない。 インド人はその割合を増やす必要がある。」

「インド人中小企業が halal 産業の発展計画に加わっていけないことに関して、我々商工会議所は驚きを感じる。」

商工会議所はこのhalal 産業訓練シリーズ を催すことで、インド人会社の halal 産業への関与を増やすことを目指しています。 そうして、今年中にインド人企業者の少なくとも50人から100人が halal 認証を得られるようと期待されている。

イスラム教発展庁(Jakim)の halal 認証は国内と市場と国外市場で名声を得ていることに触れて、会頭は言う、「この訓練しリースでは、 halal 認証は飲食店対象だけのものであるという捉え方を捨てさるようにという狙いもあります。」

「halal 産業部門は数少ない立ち直り力の早い産業に1つであり、何年もの間堅実に2桁の成長率で伸びている。2015年は10.7% 成長してRM 370億産業になっている。」
「2016年の目標はRM 500億産業になることです。これを達成できる十分な状況にある。」

(Intraasia 注: マレーシアは halal 産業の育成に力を注いできた、そしてアジア地区における halal 産業の中心地であることを誇っている。
国内に1万4千軒ものインド人の経営するレストランがある? その数字の正確さは知りませんが、ここで言うレストランとは本格的レストランだけのことではなく、インド人大衆飲食店を含むことは当然でしょう。 インド人ムスリムレストランとは 通称 mamak レストラン・大衆飲食店のことであり、 民族を超えて人気ありますね。 ) 

【フィリピン南部で新しく就任した自称スールースルタンは、サバ州が自領土との長年の主張を継承】

フィリピン最南部の自称スールースルタン領において、今年2月上旬に新スルタン、第35代目、に就任した人物は、(以前からの主張と同様に)依然として北ボルネオ(サバ州のこと)を自領土と主張しています。

この自称スールースルタンは、サバ州を自領土と主張している要求を平和裏に解決するべく、国際会議を開くことを模索しています。
スルタンのスポークスマンはマレーシアの新聞に電話で答えました、「我々は書状による要求を送ったのであるが、マレーシア政府からこの国際会議の件で何ら回答を得ていない。」

「この長年の論争に対する解決策を見つけて、前に進んでいく道はこの件を国際会議に付託することであると、スルタンは考えている。」 「この会議には、スールースルタン側の代表者、フィリピン政府の役人とマレーシア政府の役人及びサバ州の先住民族の代表者が出席するべきでしょう。」と彼は示唆を語る。 

新スールースルタンの父親は自称スルタン在位中の2013年10月に、75歳で死去しました。
それより前の2013年2月に、自称スールースルタン軍の200人ほどが、サバ州の東海岸部の ラハッドダトゥ地方にある寒村を襲撃しました。サバ州がスールースルタン領土であるとの主張を通すためです。

マレーシアの軍隊と警察がこの侵入者を撃退するために戦闘が起きて、自称スールースルタン軍側は70人ほどが殺され、マレーシア側部隊には10人の死者が出ました。
さらにこの侵入事件と戦闘では、侵入者側の170人が逮捕されました。 そしてマレーシア人3人とフィリピン人27人が起訴されて裁判に係属中です。

(Intraasia 注:英国が19世紀に北ボルネオを植民地化する前に、スールースルタンが北ボルネオ(現在のサバ州にあたる)を領土化していたという歴史がある。ただ北ボルネオにあたる面積の全てではないようだ。もちろんその当時にマレーシアという国も国家概念も存在していない。 しかしその後英国植民化されて北ボルネオとなった、第2次大戦後は英国保護領になり、1963年9月に半島部のマラヤ連邦といっしょにマレーシアという国を結成した。 
そういう歴史にも関わらず、自称スールースルタンは自領土だとの主張を変えない。フィリピンもこれを公式には完全否定しておらず、これが過去マレーシアとフィリピン間にあつれきを生んだことがある。)

スポンサーサイト

テーマ : 海外ニュース - ジャンル : ニュース

<< 2月12日のマレーシア記事 | ホーム | 2月10日のマレーシア記事 >>


コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 BLOG TOP